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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8458号 判決 1971年8月16日

原告 東調布信用金庫

被告 更生会社日本自動車株式会社 管財人 岡田錫淵 外一名

主文

原告が更生会社日本自動車株式会社に対し別紙<省略>第六目録記載の更生債権を有することを確定する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告が更生会社日本自動車株式会社に対し別紙第五目録記載の更生債権を有することを確定する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として

「更生会社日本自動車株式会社(以下更生会社という)は別紙第一目録記載の約束手形二二通をそれぞれ同目録記載の振出日に訴外日本自動車整備株式会社(以下日本自動車整備という)に宛て振出した。原告は、同会社からの割引依頼により、右目録記載の日に右各手形の裏書譲渡を受け、現にその所持人であるところ、右各約束手形をそれぞれ満期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。よつて原告は右各手形の振出人たる更生会社に対し右手形金合計二二六一万五二三〇円および各満期日以降年六分の法定利率による利息の支払を求める権利がある。

ところで、右更生会社は昭和四三年九月一八日東京地方裁判所において更生手続開始決定を受け、被告らは右同日同会社の管財人となつた。そして原告は右債権につき別紙第五目録第一目録のとおり更生債権の届出をしたところ、昭和四四年七月九日の債権調査期日において被告らから異議があつたので、これが確定を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実は認める。」と述べ、抗弁として、

「一 更生会社は、日本自動車整備が原告との間で手形割引を含む金融取引契約を結ぶにあたり、右取引より生ずべき同会社の債務の連帯保証をし、本件割引手形買戻債務も右連帯保証の対象となるものであつた。

一方日本自動車整備は原告に対し六一九万〇二七二円の定期預金債権(利息を含む)と三一万八〇〇〇円の定期積金債権を有していたが、前記手形買戻債務は当然のことながら全額日本自動車整備の負担に属するものである。そこで被告らは更生会社の管財人として、民法四五八条、四三六条二項により、昭和四五年二月一〇日の本件口頭弁論期日において前記日本自動車整備の債権をもつて原告の本訴請求債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

よつて、更生会社は右の限度において原告に対し本件手形金債務の支払を免れたものである。

二 仮りに右の主張が容れられないとしても、日本自動車整備は原告に対し別紙第二目録記載のとおり定期預金・定期積金・普通預金合計六五二万七二五一円の債権を有していたところ、同会社は昭和四五年九月八日原告に到達した書面で、右債権をもつて同会社が原告から割引を受けた本件各手形のうち別紙第一目録記載(1) ないし(8) (但し(8) の手形については内金一三万七〇〇一円)の手形買戻債務合計金六五二万七二五一円と対当額で相殺する旨の意思表示をしたので、原告らは右の相殺を本訴において援用する。

よつて原告の請求は右買戻債務の消滅した限度において理由がない。」と述べ、原告の再抗弁に対し

「本件で相殺に供された日本自動車整備の原告に対する債権につき原告主張の質権の設定されていることおよび同会社と原告との間の金融取引に関し原告主張の約定のあることはいずれも知らない。

仮りに原告主張の質権が設定されているとしても、自働債権に質権が設定されている場合に相殺が制限されるのは、質権者と受働債権の債権者が異る場合に相殺を認めると質権の目的物が減損または消滅し質権者に不測の損害を蒙らせることを考慮したものであるが、本件において、原告は質権者と受働債権の債権者の地位を兼有し、質権の目的たる債権が相殺の用に供されても、原告については質権を実行したと同一の結果をもたらすものであり、前示のような損害を蒙ることはない。それ故、本件の相殺が制限を受けるべきいわれはない。」と述べた。

原告訴訟代理人は、被告らの抗弁に対し、

「1 訴外日本自動車整備が原告に対し、被告らが抗弁二において主張する債権を有することおよび被告ら主張の各相殺の意思表示のなされたことは認める。

2 しかし、原告は昭和四三年四月一一日日本自動車整備から、同会社の振出、引受、保証もしくは裏書にかかる手形小切手に関する債務その他原告に対し現在負担しまたは将来負担すべき一切の債務の担保として、被告ら主張の同会社の原告に対する債権のうち別紙第二目録記載(イ)ないし(リ)の定期預金および定期積金合計六五〇万八二七二円の債権につき質権の設定を受けている。右質権の設定は日本自動車整備が原告との取引に基づき負担する最後の債務まで担保するためのものであるから、右日本自動車整備の債権を自働債権として相殺することは、質権の目的物の価値を減損することとなり許されないものである。

すなわち、日本自動車整備は倒産状態にあり同会社からの残債権回収の見込はないので、直ちに右の相殺をせず更生会社から更生計画に基づく弁済を受けた後相殺をする場合と現在直ちに相殺する場合とを比較すると、前者が弁済を受け得る額が多く、後者は原告に不利益なことが明らかである。従つて被告らもしくは日本自動車整備が現在相殺することは質権の目的物の価値を減殺するもので許されないというべきである。

3 日本自動車整備と原告間の取引に関する約定によれば、債権債務の決済につき原告に相殺権があることを認めており(甲第二四号証、一条、五条、七条)かつその際の充当の順序方法については原告が適当と認めるところによることができるものとされている(同第九条)。それ故日本自動車整備は右の約定に制約され、本件の相殺は許されない。」と述べた。

証拠<省略>

理由

原告主張の請求原因事実は当事者間に争いがない。そこで、以下被告らの抗弁について判断する。

被告らはまず、日本自動車整備の原告に対する債務の連帯保証人として、右訴外会社の原告に対する債権による相殺を主張する(抗弁一)けれども、右相殺は昭和四五年二月一〇日午前一〇時の本件口頭弁論期日において、被告ら提出の同年一月二〇日付準備書面の陳述によりなされたものであるところ、その意思表示の内容は抗弁一に摘示したとおりであつて、相殺に供される債権債務が明確でなく、殊に受働債権については、「原告の本訴請求債権」というだけで原告の日本自動車整備に対するいかなる債権を指す趣旨が明らかでない(もし、文字どおり本訴の請求債権、すなわち原告の更生会社に対する手形金債権を受働債権とする趣旨であればこれを直接に受働債権として相殺に供しうる根拠が明らかでない)。それ故その余の点を判断するまでもなく右抗弁は採用できない。

よつて、進んで抗弁二について判断する。

1  日本自動車整備が原告に対し別紙第二目録記載の定期預金等の債権合計六五二万七二五一円を有したこと、同会社が昭和四五年九月八日原告に到達した書面で右債権をもつて本件各手形のうち別紙第一目録記載(1) ないし(7) の手形の買戻債務および(8) の手形の買戻債務のうち一三万七〇〇一円、合計六五二万七二五一円と相殺する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

2  次に原告は、右日本自動車整備からの相殺につき、その自働債権について原告の同会社に対する債権を担保するため質権が設定されていたから相殺は許されない旨主張するのでまずこの点について検討する。

一般に債権に質権の設定された場合、設定者は質入債権につき質権者の有する取立権、換価権を害することは許されず、質入債権についてなされる相殺も右の拘束を受け、これによる質入債権の消滅を質権者に対抗できないと解される。しかし、本件においては、自働債権の債務者が質権者であり、被担保債権を受働債権とする相殺がなされたのであるから、質権者は質権を実行して債権の満足を受けたのと同様の結果を生じたものであり、その取立権等が害されたとはいえず、その優先弁済権も確保されたというべく、また原告主張のように質入債権の価値を減損する行為がなされたということもできない。

もつとも、本件において、原告は、その主張のように、まず更生会社から更生計画による弁済を受け、その後に質入債権による弁済を受けた方が事実上より多くの弁済を受けうる結果となることが考えられないではない。それ故本件の相殺は原告の欲しない時期に質権の実行を強いられたと同様の結果をもたらすこととなるが、担保権一般の効力としてかような点までの保障が与えられなければならないとする十分の根拠は見出し難い。それ故本件質権の効力として民法の原則による相殺権の行使が許されないと断ずるのは困難である。

3  次に原告は、原告と日本自動車整備との間の取引に関する約定によれば、原告に相殺権があり、かつその充当の順序方法につき原告に指定権があるものとされているから、右訴外会社からの本件相殺は許されないと主張する。

成立に争いのない甲第二四号証(信用金庫取引約定書)によれば、日本自動車整備が原告から手形の割引を受けた場合、(イ)同会社につき、差押・支払停止・手形交換所の取引停止処分・会社更生手続開始の申立等の事由を生じ、もしくは原告に対する債務の不履行があつたときは、全割引手形について(ロ)割引手形の主債務者につき前記各事由が生じもしくは割引にかかる手形債務の不履行があつたときは、その者が主債務者となつている割引手形について、それぞれ原告から通知催告等がなくても、当然に手形面記載の金額と同額の買戻債務を負う旨の約定(右約定書第五条、六条)があり、さらに、両者間の債権債務の決済方法につき、第七条(差引計算)として「<1>期限の到来または前二条によつて、貴金庫に対する債務を弁済しなければならない場合には、その債務と私の諸預け金、定期積金、その他の債権とを期限のいかんにかかわらず貴金庫はいつでも相殺することができます。<2>前項の相殺ができる場合には、貴金庫は事前の通知および所定の手続を省略し、私にかわり諸預け金等を受領し、債務の弁済に充当することもできます。(三項略)」との約定、さらに第九条(弁済等の充当順序)として「弁済または第七条の差引計算の場合、債務全額を消滅させるに足りないときは、貴金庫が適当と認められる順序方法により充当することができます。」との定めがあることがそれぞれ認められる。

しかし、右第七条の約定は、前示文言から明らかなように、原告において相殺に供される債権の弁済期のいかんに拘らず相殺をなしうることのほか、さらにより簡易な方法で決済をなしうることを定めたもので、いずれも原告からなされる決済方法についての定めであり、取引先たる日本自動車整備からの相殺についてはなんら触れるところがないと解するほかない。それ故、右の約定が民法の一般原則による取引先からの相殺を排除する趣旨を含むと解することはできない。

また、前記第九条の定めも、取引先からの相殺の場合の充当に関する定めとは解し難い。けだし、同条にいう「第七条の差引計算」とは、前述のように、原告からなされる決済(相殺を含む)を指すもので、取引先からの相殺はこれに含まれないからである。もつとも、右第九条によれば、取引先からの弁済の場合には原告に充当指定権があると解されるから取引先からの相殺についてもこれに準じ原告に充当指定権があると解すべきでないかとの疑問も一応生ずるが、右約定書は、その内容からして、原告においていわゆる銀行取引約定書のひな型に基づき作成し取引先に差入れさせたものであることが窺われるのであつて、その文言を離れ取引先の不利益に拡張して解釈し、取引先からの相殺をも含むとするのは相当でないというべきである。

以上に述べたとおり、原告主張のような取引先からの相殺を禁ずる趣旨の特約は肯認できないから、日本自動車整備は一般の原則に従い相殺をなしうると解すべきである。

4  よつて相殺の効力につき検討を進める。

(1)  前記当事者間に争いのない請求原因事実によれば、日本自動車整備は原告から更生会社振出の別紙第一目録記載の各手形の割引を受けていたものであるが、成立に争いのない甲第一ないし第六号証によれば、右割引手形のうち昭和四三年五月二日に満期の到来した手形が右同日預金不足を理由に支払拒絶されたことを認めることができる。それ故前段認定の約定(3判示の(ロ)の約定)により、日本自動車整備は原告に対し更生会社振出の前記目録記載の各手形につき手形面記載の金額と同額の代金による買戻債務を負うに至つたというべきである。

一方日本自動車整備が被告ら主張の相殺の当時原告に対し別紙第二目録記載の債権を有していたことは当事者間に争いがない。しかして受働債権たる手形買戻債権はその発生時である昭和四三年五月二日に弁済期にあつたと解するのが相当であり、自働債権のうち定期預金債権は各満期の日に弁済期が到来し(定期預金債権による相殺についてはいずれも、右預金債権の弁済期が相殺適状の時である)、普通預金債権は弁済期の定めのないものとしてその成立の時に弁済期にあつたといえるから、これらの債権については、本件相殺のなされた昭和四五年九月八日には、いずれも既に相殺適状にあつたといえる(別紙第二目録(リ)の定期積金については後に述べる)。

(2)  次に、本件相殺においては、自働債権、受働債権としてそれぞれ多数の債権があり、複雑な関係が生ずるが、証人渡辺和昌の証言により成立を認める乙第一号証の一によれば、日本自動車整備は、自働債権については別紙第二目録記載の順序により、また受働債権については別紙第三目録(1) から(8) まで右目録記載の順序により相殺する旨の意思表示をしたものと認められる。ただ、右相殺は自働債権をもつて受働債権の総額を消滅させるに足りないから、その充当については民法五一二条により同法四八八条ないし四九一条が準用され、手形買戻債権に利息があればまず相殺適状の時までの利息に、ついで元本に充当されるべきことになる。ところで、右手形買戻債権の利息、損害金に関する特約については格別の主張はないが、日本自動車整備は、少なくとも手形裏書人の負うべき範囲の債務、すなわち各手形の満期以後年六分の割合による利息を支払う義務があると解するのが相当である。それ故、本件相殺においては元本に先んじまず右の利息に充当され、右利息相互間および元本相互間については債務者たる日本自動車整備の指定するところによるべきこととなる。

(3)  そこで、右相殺の効果についての計算関係を示すと、次のとおりとなる。

第二目録(イ)の債権による相殺については、右債権の弁済期は受働債権が発生した昭和四三年五月二日以前であるから、受働債権発生と同時に相殺適状となりこれについて利息の発生する余地はなく、第三目録(1) の買戻債務七二万五三〇〇円と(2) のうち六七万四七〇〇円の各元本に充当される。

次に第二目録(ロ)の二〇万円は、まず第三目録(2) ないし(6) (ただし(2) については残元本は二七万二九八〇円)に対する昭和四三年五月二日から同月六日(右(ロ)の債権の弁済期であり、この時が相殺適状の時である。第三目録(7) 以下の債権についてはこの時までに利息は発生していない)まで年六分の割合による利息三〇六三円に充当され、残額一九万六九三七円は前記(2) の残元本に充当される。

第二目録(ハ)の二〇万円は、まず第三目録(2) ないし(6) (ただし、(2) については残元本七万六〇四三円)に対する昭和四三年五月七日から同月一八日まで年六分の割合の利息六九六四円に充当され、残額一九万三〇三六円は、同目録(2) の残元本七万六〇四三円と同(3) の九三万二四七〇円の元本のうち一一万六九九三円に充当される。

以下第二目録(ニ)ないし(チ)の各債権についても前同様第三目録記載の各債権のうち、まず相殺適状時までに発生している利息に、次いで日本自動車整備の指定する順序による元本に充当されるが、その計算関係は別紙第四目録記載のとおりである。

(4)  以上によると、別紙第二目録(イ)ないし(チ)の債権による相殺により、第三目録記載の手形買戻債務のうち(1) ないし(6) は元利金すべて消滅し、(7) については元本のうち五〇万三〇二一円とこれに対する昭和四三年一〇月四日以降の利息が残存し、(8) ないし(22)の元本はそのまま残り、ただ昭和四三年一〇月三日までの利息債務が消滅したにすぎないことが明らかである。

さらに被告らは、第二目録(リ)(ヌ)の債権による相殺を主張している。右(ヌ)の普通預金債権は弁済期の定めのないものとしてこれによる相殺は肯認できるが、(リ)の定期積金については、その返還に関する約定その他その弁済期を判断するに足る事実の主張がなく、単に掛込中止のままとなつているに過ぎないのか、当事者の合意により解約の方法がとられているかも明らかでないので、相殺適状の有無およびその時期を確定できない。しかし、いずれにしても、右(リ)(ヌ)の両債権を合算しても、第三目録(7) の残額に充たないことが明らかであるから、右両債権をもつてする相殺によつても、(7) の債権がすべて決済されるに至らないことは明らかである。

5  以上のとおり、別紙第一目録記載(1) ないし(6) の手形については、その買戻債務は相殺によつて消滅したことになる。従つて日本自動車整備は、買戻代金を決済したものとしてこれらの手形の返還を求めることができ、一方原告は右手形を日本自動車整備に返還すべく、その買戻代金の決済を受けながらなお手形上の権利を行使することは許されないというべきである(最高裁判所昭和四三年一二月二五日判決参照)。この点、更生手続上における手形債権の行使についても同様であり、管財人たる被告らはこれを主張してその権利行使を拒むことができるものというべく、その抗弁は右の各手形債権については理由がある。

次に、別紙第一目録(7) の手形については、その買戻代金が一部決済されたのみで、いまだ完済されていないことは既に述べたとおりである。この場合原告はいまだ右手形の返還を要しないものであるから、その手形上の権利行使を拒むべき根拠はないと解される。なるほどこの場合も、実質的な関係を見ると、原告の取得し得る金額は手形金額から既済の買戻代金額を控除した額であるが、かような場合買戻代金の一部弁済を理由にこれに対応する手形上の権利の一部移転を求めることは手形法上認められず(手形法一二条二項参照)、右のような実質的な関係を手形上の権利行使の面にそのまま反映させることは権利行使の簡明を害する弊を生ずるおそれがあり前記手形法の規定の趣旨にもそわないものと考えられる。いわゆる手形の形式性と実質関係の調和は前段記述の限度にとどめるべきが相当である。

以上に述べたところによれば、被告らの抗弁は、別紙第一目録記載(1) ないし(6) の手形については理由があるが、その余の部分については理由がない。そして、当事者間に争いのない請求原因事実によると、その余の各手形についての原告の請求は理由があるから(ただし、第五目録二の法定利息支払期間の終期は当裁判所に明らかな更生計画認可の日たる昭和四五年一二月二三日とすべきである)本訴請求を右の限度で認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第八九条、第九三条第一項但書の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 丸尾武良 根本真)

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